歩道橋を△△に。



前回の投稿で「条件を変換するアート」についてまとめた。
僕にとってケニアが面白いのは、そんなアートにも似た条件変換行為が、ごく日常的に行なわれているということ。

○○を△△に。
ケニア人に見られる条件変換の技術を、前回と同じように羅列してみる。
これは言い換えれば、僕にとってのインスピレーション源ということ。

路上を商店に
タイヤをサンダルに
レジ袋を雨よけに
線路脇を商店街に
渋滞の道路を商店街に
身体をお店に
ゴミを商品に
頭上を荷台に
乗り合いバスをディスコ風に
歯をハサミに
道ばたの植物を爪楊枝に
……

それぞれの具体的な紹介は別の機会に譲るか、僕たちのプロジェクトという形で改めてお見せできればと思う。

今回はひとつだけ、もっとも衝撃的だった条件変換について。

ナイロビで道路を渡るのは命がけで、横断歩道はほとんどないし、あってもほとんど機能していない。車の流れのわずかな隙を狙って道路を渡るから、いつもとても危険。
そういう意味では、

どんな道路も横断歩道に

というのも一つの条件変換と言えるかもしれない。
でも実際、交通事故も多いだろうし、これはあまり良くない例。

部屋にこもって仕事をすることが増えたから、散歩がてら家の近所を歩いていた時のこと。普段はついついケニア人を真似て危険な道路を渡っていたから、あっても利用したことのなかった歩道橋。今日は運動だからということで、歩道橋の階段を登りはじめた。上から眺める普段と異なる風景も楽しみに。

誰もいないけど、階段を登りはじめてすぐに異臭がした。「夜にホームレス?」という僕の推測より、「トイレ?」という妻の方がより的確だった。なるほど、公衆トイレが少ないから、みんなここで小便をしているのか、気持ち悪い、と思いながら、運動と道を渡る目的のために、階段を登り続けた。

階段を登り終わって通路にむけて体をひねった時に、衝撃が襲ってきた。
「小」ではなく「大」だったからである。それも一つや二つではない。数百とある。ナイロビにも放牧中の牛の群れがいたりして、大きな糞が道ばたに落ちていることは珍しくないけど、ここは、歩道橋の上。階段にもなくて、手すりというか塀に隠れて下から見えないところに大量にある人間の糞。座って用をたしている姿が妙にリアルに想像できてしまう。真ん中に一本、ぎりぎり歩けそうな幅が申し訳程度に確保されているのが何より人為的である。そんな配慮、まったく御免だ。渡れるはずがない。

予想だにしない普段と異なる風景をあとに、僕たちはそのまま階段を引き返すしかなかった。せっかく歩行者の安全のために作られた歩道橋をトイレにしてしまうのだから、これは本当に良くない例だし、ケニアの恥だし、大きな問題である。

これからの人生、歩道橋といえば、いつもこのことを思い出してしまいそうで悲しいが、その時の自分の反応「うわ!!えぇ〜!そういうことかぃ、うわ〜〜すごいなマジで」というような感覚は、一応大切にしておきたいと思う。

2012年10月12日 西尾美也

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